山梨県増富鉱山の今(2022年8月)







         山梨県増富鉱山の今(2022年8月)

1.はじめに

   2022年夏休み、中学生になった孫娘と一緒に山梨に帰って2週間を過ごすことになった。
  孫娘は自然が豊かな山梨が大好きで、中学入学を前にした4月初めにも1週間ほど過ごし
  ていった。
   この時、ラジウム温泉で有名な増富温泉にある「増富の湯」に行ったが、コロナの影響などで
  客足が遠のいたのか営業していなくて、4月に降った季節外れの雪で雪だるまをこしらえた思い
  出があった。

       
             4月に作った雪だるま

   今回は、事前にネットで営業日を確認して行った。温泉につかる妻と孫娘を残して、私は温泉
  街を抜けたクリスタルライン沿いにある増富鉱山跡を訪れた。

    中学生のころ始め、永く中断していた鉱物採集を再開して間もない、平成元年(1998年)に
   山梨県に転勤になり、手近な山梨県の鉱物産地を回ってみることにした。
    鉱物図鑑を調べてみると北杜市(ほくとし;当時は北巨摩郡)須玉町にある増富鉱山で「硫砒
   銅鉱」や「銅藍」が採集できるとあった。
    硫砒銅鉱は、台湾・金瓜石鉱山と並ぶ有名産地だと知り、金瓜石(きんかいし)鉱山の名前を
   知った。同時に、「銅藍」を英語でコベリン(Covelline)というのだと知ったのもこの頃だった。
    増富鉱山に行ってはみたが、鉱山跡と思われるズリでは、図鑑に掲載されているような鉱物は
   一向に見あたらなかった。2、3回通ったあと、鉱山施設(貯鉱場か事務所跡?)だったと思われる
   建物(壁が一部残っている廃屋)の床や床下に大きなものは握りこぶし大のコベリンが、散乱して
   いるのに気が付いた。
    これを拾って、鉱物同志会新年例会の無料配布に出すとともに、産地を公開した。それから10年
   近く経ち、八幡山の水晶採集の帰途に立寄り、コベリンの小さなカケラは何個か拾えた。

    貯鉱場にあったものを拾ってきて、鉱物採集したと言うのは、”Mineralhunter”の沽券に
   かかわると思い、大雪が残る中を採集に行き、自然硫黄、銅藍、黄銅鉱が層状になっている、
   増富鉱山の産状が良く分かる標本を採集できたのは、2002年12月だった。

    山梨県増富鉱山のコベリン(銅藍)

    それから20年が経ち、増富鉱山がどうなっているか、知りたくて訪れてみた。
    (2022年8月 訪問)

2.産地

    増富ラジウム温泉街を抜け、本谷川渓谷沿いの道路を上流に向かうと約4kmで木賊(とくさ)、
   黒平、甲府方面と瑞牆山登山口、信州峠川上村方面に分かれる3差(Y字)路がある。
    2002年ごろ3差路の交点にあった鉱山施設が富鉱の貯鉱場や鉱山事務所(?)だったと
   思われる。

    
        左(瑞牆山登山口)      中央(鉱山建物跡)      右(黒平、甲府)

    手前の「落合橋」の左側から本谷川に流れる込む金山沢の右岸(上流から見て右側)に
   廃石を捨てた真っ白いズリがあり、その山際には廃墟となった石組みの鉱山施設(ホッパー;
   鉱石を集積、積載するための施設)跡が見られる。

      
            ズリ                  施設跡
                             【2002年12月】
                    増富鉱山跡

    当然、坑口は、もっと上にあったと思われ、鉱山施設跡の北側の沢の上流に大きな鉱石塊が
   あり、その近くには坑道の一部が口を開けていたが、現在は塞がってしまっている。

    
       坑道の一部が見えた。
        【2007年5月】

3.産状と採集方法

    「日本鉱産誌」によれば、増富鉱山は古生代の珪岩を貫く、角閃花崗岩半花崗岩中の鉱脈
  で、この本が出た1955年には、増富鉱山(株)が稼行していた。
   硫砒銅鉱が多く、銅藍(Cu含有量66%)を伴い、平均Cu品位6%と品位の良い鉱石を産出
  するので知られていた。
   秋山氏の論文には、「この鉱山には、ゲルマニウムを0.07〜0.05%、平均して0.03%を含有する
  鉱石が存在し、一時は工業化が叫ばれた」
とある。増富温泉の温泉水を分析したところ、
  「ゲルマニウムが1.7〜4.3mg/kg(ppm)」含まれている、とある。

   採集方法として試みたのは、次の3通りだが、@は絶産、Aも芳しくなく、Bがおすすめだ。
   @ 貯鉱場だったと思われる場所での表面採集。
   A 石組みの鉱山施設跡のズリ石を割る。
   B 沢の中の鉱石塊を割る。

   銅藍は、黄褐色の焼けが付着し、青黒い部分のある多孔質の石英に来ていることが多いので、
  これを探して割ると良いだろう。

4.産出鉱物

(1) 増富鉱山の鉱石【Ore from Masutomi Mine】
     ここの銅藍は、火山活動に伴い、銅と硫黄を含むガスが再結晶した、いわゆる気成鉱床と
    する説と熱水鉱脈鉱床とする説がある。
     前者の例として、原産地イタリアのベスビアス火山では、噴気孔噴気孔からの昇華物として
    産するが、類例は稀とされるので、後者と考えられる。

     下の写真に示す鉱石は、2002年12月に採集した標本で、黄銅鉱、銅藍、自然硫黄が
    層を成しており、白銀色の硫砒銅鉱も点在し、産状が良く分かる。高い硫黄蒸気圧条件下で、
    余った硫黄が最後に結晶したように見える。

    
              増富鉱山の鉱石
    【上:自然硫黄(黄色)、中:銅藍(青黒色)、下:黄銅鉱(黄褐色)】

(2) 銅藍【Covelline:CuS】
     細かい隙間の多い真っ白な石英の隙間に紫〜青黒でガラス光沢のある六角板状(箔状)
    結晶で産出する。結晶面は湾曲し、雲母のように劈開が見られる。
     3差路の貯鉱場跡のものは、母岩は小さいが、比較的大きな結晶が付いていた。

    
            銅藍

(3) 硫砒銅鉱【Enargite:Cu3AsS4
     黒色金属光沢斜方柱状で産する。柱面に伸びの方向(c軸方向)に条線が発達することが
    ある。ルソン銅鉱【Luzonite;Cu3(As,Sb)S4】とは同質異像
    (成分は同じで結晶系が違う)関係にある。

     加藤博士の『硫化鉱物読本』では、増富鉱山の硫砒銅鉱は、わが国では例の少ない、
    やや深所生成熱水鉱脈鉱床中のもので、石英脈中に「銅藍」と共存する、としている。

    
               硫砒銅鉱

(4)自然硫黄【Native Sulfur:S】
    黄色で脂ぎった光沢のある結晶が石英の空隙に柱状に成長したり、空隙を充填する形で
   産出する。
    鉱石を割った瞬間に”鼻先でマッチを擦った”時と同じ、硫黄特有の臭いがする。

   
             自然硫黄

(5)重晶石【Barite:BaSO4
    石英のくぼみに微細な白色不透明の葉片状結晶の集合が見られる。白色透明から淡緑色
   不透明のものまであり、後者は微粒の自然硫黄を含むとされるが本標本では確認できない。

   
              重晶石
(6)水晶【QUARTZ:Si2
    一抱えもある石があるズリに”コロン”と小さな単晶が落ちていた。ここに来る途中の露頭で
   昔ガマ(晶洞)を開け、5センチ大の水晶を採集しているが、増富鉱山で見た最大の水晶だ。

   
          水晶(長さ3a)

5.おわりに

 (1) 「コルヌビア石」と「自然金」
     今回、「重晶石」と「水晶」の産出をあらたに確認することができた。ここでは、「コルヌビア石」
    を産するらしいのだが、現物を見たことのない悲しさ、未だ見つけられずにいる。
     増富鉱山の北隣・金山平(かなやまだいら)には、その名の通り金を採掘した「金山跡」が
    ある。増富鉱山は金も採掘したとも伝えられる。
     銅藍を伴う金銀鉱石は一般に品位が低いとされるが「自然金」も探してみたい。

   
                     増冨鉱山周辺地図
               右端中央に金を採掘した「金山跡」がある

 (2) 「みずがき湖ビジターセンター」
      上の地図の左端にみずがき湖がある。もともとは塩川ダムという名だが観光客目当てにそれらしい
     名前をつけたようだ。
      ここには広い駐車場と土産物を売ったり展示する「みずがき湖ビジターセンター」がある。この時期、
     北杜市みずがき天文愛好会が主催する『星空写真展2022』が開催されていた。
      来場者がお気に入りの写真にシールを付ける人気投票になっていて、投票すると景品として天体写真
     (はがき)がもらえるルールで、孫娘と私たち夫婦で3枚いただいた。
      これなども、2023年秋に開催予定の『甲府郵趣会創立75周年記念切手展』の参考になる。

              
                         孫娘のお気に入り「渦巻銀河」

        
         妻のお気に入り「満月の瑞牆山」       私のお気に入り「月食連続写真」
                                       (地球が丸いことを知る)

 (3) 「送り狼像」
      上の地図の裏面には、「増富ラジウム温泉郷」「黒森民宿村」「みずがき湖周辺」の観光スポットが
     イラストで解説してある。
      帰宅してじっくり見ていると、増富温泉郷のはずれに狼か狐らしき絵と「送り狼」が書いてある。将来、
     オオカミ研究者になるのが夢の孫娘は見られなかったことを残念がっている。

      一般的に「送り狼」には悪いイメージがあるが、ネットで調べると、若い娘を助けた良い狼が誤解した
     村人に殺されるという悲しい伝説がある。それを記した案内板とオオカミの像があるようなので、次回
     訪れるのを楽しみにしている。

     
                    「増富温泉郷の「送り狼」

 (4) 小中学生とミネラル・ウオッチング
       夏休みに入ってすぐ、今シーズン2回目となる小中学生と先生そして保護者を課外授業で
      長野県川上村に案内した。子どもたちだけでなく、先生や保護者にも楽しんでいただけたようだ。当日、
      皆さん雨を予想しておられたようだが、屋外で活動中は雨は降らず、無事甲府駅に送り届けた
      とたんに降り出した。”晴れ男”健在だ。

     
        梓川を渡って鉱物産地へ
           【橋も健在だ】

       湯沼鉱泉の「水晶洞」を見学し、兵庫県の石友・N夫妻に提供していただいた外国産「宝石・鉱物
      標本」などを配布し皆さんに喜んでいただけた。9月中旬には、3回目を実施するので違う子どもたちと
      会えるのを楽しみにしている。

6.参考文献

1) 東京地学協会編:日本鉱産誌 T−b,砧書房,昭和31年
2) 秋山 悌四郎:増富温泉のゲルマニウムについて,温泉科学会,1960年?
3) 柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
4) 田中 収編著:山梨県 地学のガイド,コロナ社,昭和62年
5) 加藤 昭著:マンガン鉱物読本 鉱物読本シリーズNo.2,関東鉱物同好会,1998年
6) 加藤 昭著:硫化鉱物読本 鉱物読本シリーズNo.4,関東鉱物同好会,1999年
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